データサイエンティストを長年続けるためのメンタルケア方法
データ分析を仕事にして何年も経つ。この間に何度か、続けられないかもしれないと思った時期があった。忙しさで倒れそうというより、じわじわ削られていく感じのほうが近い。
原因を分解してみると、この職種に特有の構造がいくつかあることに気づいた。分かってしまえば対処のしようがあるので、書いておく。
削られる理由は忙しさではない
長く続けるうえで厄介なのは、次のような性質だと思っている。
・仮説が外れる期間が長い。数週間かけて調べて、有意な差がありませんでした、で終わる日がある
・成果の帰属が曖昧になる。施策が当たれば現場の実行力の話になり、外れると分析の見立てが問われる
・説明のコストが高い。不確実性を含んだ話を、確実な答えを期待している相手に伝え続ける
・正解がないのに正解を求められる。で、結局どっちなんですかと聞かれる
・社内に同じ議論ができる相手がいないことがある
どれも一日で効くものではない。半年、一年と続いたときに効いてくる。忙しさは終われば回復するが、この手の消耗は終わりが見えないので回復しにくい。
成果ではなく打席で自分を測る
いちばん効いたのは、自分の測り方を変えたことだった。
分析の当たり外れは、こちらの努力だけでは決まらない。データに信号が入っていなければ、どれだけ丁寧にやっても何も出ない。それなのに結果だけで自分を測ると、コントロールできないもので自己評価が揺れることになる。
だから測る対象を、結果から打席の数と質に移した。
・今週いくつの仮説を立て、いくつ検証したか
・検証の設計は妥当だったか。あとから見て恥ずかしくない手続きだったか
・出した結論は、根拠と限界を添えて伝えられたか
これなら自分の行動だけで決まる。外れた分析でも、設計が妥当なら仕事としては成立している。当たり外れは長い目で見れば平均に寄っていくので、打席に立ち続けているかどうかのほうが、結局は効いてくる。
「わからない」を成果物として出す
若いころは、わからないという結論を出すのが怖かった。何も価値を生んでいない気がして、無理に何かを言おうとしていた。
いまは、わからないことを根拠つきで示すのも立派な納品物だと思っている。
・このデータでは判別できない、という事実
・判別するには何が足りないか
・その条件を満たすコストはどれくらいか
これを出せば、相手は次の判断ができる。データを取りに行くのか、分析なしで決めるのか、そもそもその問いを捨てるのか。無理にひねり出した弱い結論より、よほど意思決定の役に立つ。
そして精神的にも楽になる。出せないものを出そうとしなくてよくなる。
分析の価値を意思決定で測る
もうひとつ変えたのが、自分の仕事の価値の測り方だった。
以前は、モデルの精度や手法の新しさで自分の仕事を見ていた。ただ、精度が上がっても誰も使わない分析はいくらでもある。逆に、単純な集計を出しただけで方針が変わることもある。
だから今は、この分析で何かの判断が変わったか、を基準にしている。
・変わったなら、手法が単純でも価値がある
・変わらなかったなら、なぜ変わらなかったのかを見る。そもそも判断の材料になっていなかったのか、伝え方が悪かったのか
この見方にすると、精度を上げること自体が目的化しなくなる。数字を追うのに疲れる場面が減った。指標が目的にすり替わる話は睡眠をデータとして扱おうとした話にも書いたが、他人のデータを扱う仕事でも同じことが起きる。
技術を全部追うのをやめる
新しい手法やモデルが毎月出る。追わないと取り残される気がして、追うと疲れる。ここは長く続けるうえで避けて通れない。
いま自分に課しているのは、追う基準を決めておくことになる。
・いま扱っている問題に直接効くもの。これは追う
・二年後にも残っていそうな基礎。これも追う
・話題になっているだけのもの。名前と何ができるかだけ知っておいて、実装は追わない
三つ目を捨てると決めたことで、かなり楽になった。全部を追える人はいない、という前提に立ってから、焦りが減った。
キャッチアップを完全にやめるわけではない。ただ、追いかける対象を選ぶ判断を自分でしている、という感覚が持てるかどうかが違う。追わされていると感じると消耗する。
逃げ道を用意しておく
これは精神論ではなく、実務的な備えになる。
ずっと同じ場所にいなければならないと思っていると、その場所での評価がすべてになる。そうなると、一度の低い評価や、合わない上司との関係が、必要以上に重くのしかかる。
だから逃げ道は、実際に使わなくても持っておく価値がある。
・自分の市場価値を年に一度は外から確かめる。面談を受けるだけでもいい
・撤退の基準を先に決めておく。この状態が何か月続いたら動く、という線を引く
・社外に同業の話し相手を持つ。社内では言えない話ができる場所
とくに最後が効く。分析職は社内で孤立しやすいので、同じ悩みを共有できる相手が一人いるだけで、自分だけがおかしいのではないと分かる。
評価の受け止め方については低い評価をもらったときに、市場での立ち位置の作り方は事業会社のDSが生き残るために必要なことに書いた。
つらい時期に判断しない
もうひとつ、経験から学んだことがある。
消耗している時期に出した結論は、たいてい極端になる。この仕事は向いていない、この会社は終わっている、といった判断は、渦中では正しく見える。ただ数か月後に振り返ると、そこまでではなかったと思うことが多い。
だから、大きな判断は状態が戻ってからにする、という原則を持つようにした。動くべきときは動くべきだが、動く判断そのものを消耗しきった状態で下さない。距離の取り方は仕事がつらいときはバカンスを考えろに書いた。
たまに遠くへ行く
バカンスを考えるだけでも距離は取れるが、実際に行ってしまうのはもっと効く。
物理的に離れると、仕事の比重が勝手に小さくなる。いま抱えている案件も、うまくいっていない関係も、数千キロ離れた場所からだと輪郭が変わって見える。頭で距離を取ろうとするより、体を動かしてしまったほうが早い。
効くと感じている点がいくつかある。
・予定を先に入れると、そこまでを乗り切る目標になる。終わりの見えない消耗に、区切りが入る
・生活のリズムが強制的に変わる。寝る時間も食べるものも変わるので、こびりついた思考の型が緩む
・自分の職種の常識が世界の常識ではないと分かる。分析職の悩みは、外に出るとかなり局所的なものに見える
・予定どおりに進まない体験をする。乗り継ぎが遅れ、店が閉まっている。仕事で計画どおりにいかないことに、少し寛容になる
遠くである必要も、長くある必要もない。数日の国内でも、リズムが変わればそれでいい。
ひとつ注意しているのは、仕事を持っていくと切り替わらないことがある点になる。景色が変わっただけで、頭の中は同じままになる。仕事から離れるのが目的なら、持っていかない判断も要る。この線引きはワーケーションは機能するのかに書いた。
一人で行くか誰かと行くかは好みだが、消耗しているときは一人のほうが回復が早いこともある。人に合わせる必要がないぶん、休むことに専念できる。一人旅はいいものなのかにそのあたりを書いた。計画を詰めるかどうかも同じで、疲れているときは決めすぎないほうが楽になる。旅の計画は立てるべきかも参考にしてほしい。
体調を先に立て直す
最後に身も蓋もない話をすると、メンタルの不調に見えるものの相当部分が、睡眠不足と運動不足だった。
分析の仕事は座って画面を見続けるので、意識しないと一日ほとんど動かない。そして考えごとが残るので、寝つきが悪くなる。この二つが重なると、判断力が落ち、落ちた判断力で自分を評価するので、さらに落ち込む。
対処は単純で、まず寝る時間を確保し、体を動かす。気分の問題として扱う前に、身体の条件を整える。これで解決しない部分だけが、本当に考えるべき問題になる。
📘 逃げ道としての市場価値をどう考えるかについては、転職の思考法の整理が下敷きとして使える。
まとめ
・分析職の消耗は忙しさではなく、外れる期間の長さと成果の帰属の曖昧さから来る
・結果ではなく打席の数と質で自分を測る。当たり外れは自分だけでは決まらない
・わからないことを根拠つきで示すのも納品物になる。無理にひねり出した結論より役に立つ
・分析の価値は精度ではなく、判断が変わったかで測る
・追う技術に基準を設けて、追わないものを決める。選んでいる感覚が持てるかどうかが違う
・逃げ道は使わなくても持っておく。市場価値の確認、撤退基準、社外の話し相手
・消耗しきった状態で大きな判断をしない
・たまに遠くへ行く。予定を入れると区切りになり、リズムが変わると思考の型が緩む
・不調に見えるものの多くは睡眠不足と運動不足。まず身体の条件を整える
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