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台風の右側はなぜ風が強いのか。危険半円と可航半円を48時間シミュレーターで確かめた

台風が近づくたびに、進路の右側は風が強いので警戒してください、という言葉を聞く。毎年聞いているのに、なぜ右側なのかを自分の言葉で説明できなかった。渦だから、では答えになっていない。渦なら中心のまわりで左右対称のはずで、それでも右が強いというなら、対称を崩している何かが別にあるはずだった。

気になったので、自分の街を台風の進路の右にも左にも置ける48時間のシミュレーターを作った。中心気圧950hPa、時速32kmで北北東へ進む台風を用意して、台風の条件は固定したまま街だけを動かす。中心からの距離はどちらも同じ60kmに揃える。出てきた数字はこうだった。

・進路の右60km、最大風速42m/s、総雨量681mm
・進路の左60km、最大風速34m/s、総雨量514mm

同じ台風で、中心からの距離も同じで、風速が8m/s違う。風速40m/sと32m/sは体感でいえば別の災害で、前者は走行中のトラックが横転しうる領域、後者でも屋根瓦が飛ぶ。この差が右か左かだけで決まる。

渦の風に、台風自身の移動が足されている

台風は反時計回りに風を吹き込ませながら、全体としては北や北東へ移動している。地上で観測される風は、この2つの足し算になる。

進路の右側では、渦が吹かせる風の向きと、台風そのものが進む向きが、だいたい同じ方向を向く。だから足し算になって強まる。左側ではこの2つが逆を向くので、引き算になって弱まる。時速32kmは秒速にすると約9m。この9mが右では加算、左では減算されるので、理屈のうえでは18m/sぶんの開きが生まれる余地がある。実際には中心へ吹き込む角度や距離による減衰があるので、私のモデルでは8m/sの差に落ち着いた。

ここが腑に落ちた点だった。右が強いのは渦のせいではなく、台風が動いているせいだった。もし台風がその場に止まっていれば左右は対称になる。速く動く台風ほど左右差は大きくなる。シミュレーターで進む速さを18km/hから55km/hに変えると、左右の非対称がはっきり広がるのが見える。速い台風は通過が早いぶん被害が小さいと思いがちだが、右側にいる人にとってはむしろ逆になる。

雨も同じではない。実際の台風は進行方向の右前方で雨が強くなるので、そこも計算に入れてある。右と左で総雨量が167mm違ったのはそのためで、風だけでなく降る量まで左右で変わる。さらに台風本体の雨とは別に、台風が引き込む湿った空気が線状降水帯をつくることがあって、その場合は中心からかなり離れた場所が最も激しく降る。

風向きの変わり方で、自分がどちら側にいるかわかる

もうひとつ面白かったのが、風向きの変わり方だった。48時間ぶんを記録すると、右と左できれいに反対の回り方をする。

・右側にいると、風向きは東南東から南、南西へと時計回りに変わっていく
・左側にいると、東から北、西南西へと反時計回りに変わっていく

これは理屈で追える。中心が自分の東を通るか西を通るかで、自分から見た中心の方角の動きが逆になるからで、風向きはその方角に対してほぼ直角に近い角度で決まる。だから風向きの回転方向を追えば、天気図を見なくても自分が進路のどちら側にいるかがわかる。

船乗りが経験的に使ってきた法則が同じことを言っている。北半球で風を背に受けて立つと、低気圧の中心はおよそ左手の方向にある。これを知っていれば、視界が悪くても中心の位置を推定して、風の弱い側へ逃げる判断ができる。進路の左側が可航半円と呼ばれるのは、そこが安全だからではなく、そちらへ逃げれば助かる見込みがあるという、帆船時代からの実務的な呼び名だった。

台風の目に入ると何が起きるか

街を進路の真下に置くと、シミュレーターの中でいちばん劇的なことが起きる。

最大風速46m/s、最低気圧952hPa、そして目の中にいた時間が66分。この66分のあいだ、風速はほぼゼロまで落ちて雨も止み、真上だけ青空が抜ける。壁のような雲がぐるりと地平線を囲んでいるのに、頭の上だけ静かになる。

問題はそのあとで、目の壁雲が到達すると、それまでとちょうど反対の向きから、同じ強さの風が戻ってくる。台風が過ぎたと思って外の様子を見に出るのが最も危険なのはこの瞬間で、しかも今度は風が逆向きなので、それまで風下だった側が突然風上になる。片側だけ養生していた雨戸や物置が、逆から吹かれて壊れるのはこのためだ。

上陸すると弱まる理由

シミュレーターでは、台風が海岸線を越えたところから勢力を落とすようにしてある。台風のエネルギー源は暖かい海面から供給される水蒸気で、上陸するとその供給が断たれるからで、加えて地表の摩擦が渦を削る。同じ台風でも、上陸してから来るのか、海の上を進んでから最接近するのかで、街が受ける風はまったく違う。海に面した街が不利なのは、単に近いからではなく、台風が力を保ったまま到達するからだった。

数字を見たあとで、備えの話

こうして数字を並べてみると、備えの優先順位が少し変わった。私が真っ先に思い浮かべるのは風で飛ぶものだったが、48時間の記録を見ていて効いてくるのは、暴風域が抜けたあとに残る停電の時間のほうだった。風は数時間で去るが、電気は数日戻らないことがある。いつ動くかの判断そのものは警戒レベルに沿ってあらかじめ決めておくと、風が強くなってから迷わずに済む。

停電で最初に困るのが灯りで、懐中電灯とラジオは結局のところ乾電池で動く。充電式の機器はいざというとき充電が切れていることが多いので、Amazonベーシック 単3形 アルカリ乾電池 20本のような保存期限の長いものを、使わないまま置いておくのがいちばん確実だった。

次に冷蔵庫が止まる。開けなければ半日ほどは保つが、その先は保冷剤の有無で分かれる。ロゴスの氷点下パックのような強力な保冷剤を普段から冷凍庫に入れておくと、停電したその瞬間から冷凍庫の温度を保つ側に回ってくれる。平時は保冷剤、非常時は蓄冷材として二重に働く。

意外に見落としていたのが雷と、電気が戻る瞬間だった。台風にはを伴う積乱雲がついてくるし、停電から復旧するときの電圧の乱れで家電が壊れることがある。雷ガード付きの電源タップに替えておくと、パソコンやルーターのような復旧後に真っ先に使いたい機器を守れる。

触って確かめられるようにした

この記事の数字は、すべて自分で作ったシミュレーターの出力で、実際の観測値ではない。気圧はHollandの近似式、風速は修正ランキン渦、そこに台風の進行速度をベクトルとして足すという、教科書どおりの単純なモデルで動かしている。単純だからこそ、右が強い理由が足し算ひとつに還元されるのが見えた。

同じものをブラウザで触れるようにしてある。

台風の目に入る、あなたの街の48時間。この記事の数字を出したシミュレーター。街を右か左に置いて48時間を再生すると、空と風向きが変わっていく
台風進路シミュレーター。台風がどこへ向かうかを動かせる
TYPHOON LAB、台風育成シミュレーター。海面水温と高気圧を設定して、台風を発生から消滅まで育てる

毎年来るものの仕組みを、毎年知らないまま過ごしていた。一度手を動かして数字にすると、次の台風のニュースの聞こえ方が変わる。

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