SNSのルーティン投稿、やめてから伸びた話

毎朝7時に投稿してた時期がある。

テーマを決めて、フォーマットを決めて、ストックを作って。「継続が大事」という言葉を信じて、3ヶ月続けた。フォロワーはほぼ動かなかった。

やめた。そしたら少し変わった。

ルーティン投稿が生み出すもの

毎日投稿を続けると、中身より「今日の分を埋める」が目的になる。

ネタが切れてくると、薄い話を水増しして出す。「5つのTips」「3つの習慣」。読んで何か残るかというと、別に残らない。自分が書いてても、書いてる途中で「これ読む人いるか?」と思い始める。

それでも続けるのは、やめると負けた気がするからだ。あの感覚は今思えば完全に罠だった。

「出せる状態になったら出す」に切り替えた

ルーティンをやめて、代わりに「これは書きたい」と思ったときだけ書くことにした。

頻度は落ちた。週1本出ない週もある。でも書いてる間中「これ面白いな」と思いながら書けるようになった。

投稿する前に「自分が読者だったら最後まで読むか」を確認するようにした。「まあ読むかも」くらいなら出さない。「読む、続きが気になる」なら出す。

シンプルなフィルターだけど、これだけで内容がかなり変わった。

数字より「刺さった1件」の方が情報量が多い

ルーティン投稿をしてたときは、インプレッションを毎日確認してた。上がった下がったに一喜一憂して、でも何も改善できなかった。

ルーティンをやめてから、たまに「この記事、同じ状況でした」というコメントが来るようになった。数字は大したことないのに、その1件の方が圧倒的に情報量が多い。何が刺さったか、誰に届いたか、自分の何を出したらいいかが分かる。

毎日出してたときは、この信号が薄い投稿のノイズに埋もれてた。

継続神話への逆張りというより、目的の整理

「継続しろ」という話を否定したいわけじゃない。

続けることで上手くなるのは本当だ。でも「毎日投稿し続けること」と「発信が上手くなること」はイコールじゃない。

薄い投稿を毎日出すより、読んで何か残る投稿を週1本出す方が、自分の発信の解像度は上がった。少なくとも自分はそうだった。

ルーティンを疑うタイミングは、「今日の分を埋めなきゃ」と思い始めたときだと思う。