睡眠とデータサイエンス
データサイエンスを仕事にしていると、自分の体もデータで管理したくなる。睡眠はその代表だ。いまは時計やアプリが、睡眠時間も、眠りの深さも、毎朝の睡眠スコアまで出してくれる。私もしばらく真面目に追いかけてみた。そこで気づいたのは、睡眠の話というより、データの扱い方そのものの話だった。
一晩の数字は、ほとんどノイズ
最初にやりがちなのが、毎朝のスコアに一喜一憂することだ。昨日は82点、今日は68点。下がると不安になる。
でも一晩のスコアは、変動が大きい。たまたま夜中に目が覚めた、計測がずれた、その程度で簡単に動く。一日の値を見て良し悪しを判断するのは、サイコロを一回振って出目を評価するようなものだ。
データとして意味が出るのは、一晩ではなく傾向を見たときだ。一週間の移動平均で眺めると、点の上下は均されて、本当の変化が見えてくる。「昨日下がった」ではなく「今週は先週より落ちている」で見る。これは睡眠に限らず、ノイズの多いデータを扱うときの基本でもある。
相関は見えても、因果は見えない
データが溜まると、相関を探したくなる。「スコアが高い日は調子がいい気がする」。たしかに相関は出る。でも、それだけでは因果は分からない。
調子がよかったから よく眠れたのかもしれないし、たまたま両方を上げる別の要因(休日だった、運動した)があっただけかもしれない。観察しているだけのデータからは、原因と結果を切り分けられない。
因果に近づく唯一の方法は、自分で条件を変えて試すことだ。寝る前のスマホをやめる週と、やめない週を作って比べる。変える要素を一つに絞る。n=1の小さな実験だが、ただ眺めているより、ずっと多くが分かる。
指標が、目的にすり替わる
いちばん危ないのが、睡眠スコアを上げること自体が目的になってしまうことだ。
スコアを上げたくて、本当は眠くないのに早く布団に入る。逆に、スコアを下げたくなくて、計測を外して夜更かしする。これは典型的な失敗で、代理の指標を追ううちに、本当に大事なものを見失っている。
そもそも知りたかったのは、スコアではなく「翌日、頭が動くか、機嫌よく過ごせるか」だったはずだ。スコアはそれを近似する代理にすぎない。代理指標と本当の目的を取り違えると、数字はよくなったのに実感は悪くなる、という変なことが起きる。
| 追っていたもの | 本当に見たかったもの |
|---|---|
| 毎晩の睡眠スコア | 翌日の集中力・気分 |
| 一日の上下 | 一週間の傾向 |
| 相関(眺めるだけ) | 因果(変えて試す) |
何を測り、何を捨てるか
結局、全部の指標を追うのはやめた。深い睡眠が何分、心拍がどう、と細かく見ても、自分の行動につながらない数字は意味がない。
残したのは二つだけだ。就寝時刻のばらつきと、おおよその総睡眠時間。この二つは、自分の行動で動かせるし、翌日の調子ともつながっている。測れる全部ではなく、行動に効く少数に絞る。データは多いほど良いのではなく、判断につながるものだけが効く。
実用的な結論
- 一晩ではなく、一週間の傾向で見る。日々の上下はノイズだと割り切る。
- スコアではなく、翌日の自分の状態を本当の指標に置く。代理に振り回されない。
- 気になる習慣は、一つずつ変えて試す。眺めるだけでは因果は分からない。
- 測りすぎない。行動を変えられる少数の指標に絞る。
睡眠をデータで扱おうとすると、ノイズと傾向、相関と因果、代理指標の罠が、全部小さく出てくる。仕事で大きなデータを相手にする前の練習台として、これほど身近な題材もない。よく眠るためのデータが、いつのまにかデータとの付き合い方を教えてくれていた。